Walk On The Street or Ground #2

Walk On The Street or Ground #1

僕らは、日々動く・移動する・そして五感で感じとる。そして自分だけの感性を作り上げる。都市へ田舎へ歩くそしてそこにだけあるものから教えを貰う与える。空気を吸いそしてNegativeを吐く。動き続ける感性をストリートと大地からメッセージする”On The Street or Gland”を発信します。今回は駆け足で巡った久しぶりの故郷東京より。いつも感性を磨いておけ!

今回のSt.InfomationのPhoto Shotまだあるんで、後日追加予定。

See,U

聖者か神を思わせるその信念に何度も涙が出た

2018年8月12日午前10時30分ごろ山口・周防大島町で2歳の男児が、祖父と兄と海に向かう途中1人で引き返し、行方が分からなくなった。

警察と消防が160人体制で、付近の側溝や町内の空き家を探したが発見出来ず。そこえこの報道を見てボランティアで参加した大分県の尾畠春夫さんが14日周防大島町に到着。翌朝6時半から自分の経験と直感から捜索から約20分で発見した。

この尾畠春夫さんが発見後報道陣のインタビューに答えている。この内容雰囲気が正に聖者のようで人間の生きるということのへの思いそして信念が自らの直感に従うことの大切さそしてその力の凄さに驚嘆した出来事でした。いつもはニュース報道にそれほど関心がない私も今回は藤本理稀ちゃんが行方不明になった直後の報道から何故か注目していた。その結末はまるで仙人のように現れた尾畠さんの登場で素晴らしいものに変わった。

発見後の尾畠春夫氏の報道内容より(AbemaTIMES BLOGより)〜

「罪を受けても直に家族にお渡ししたかった」行方不明2歳児を発見した尾畠春夫さんが会見

山口県周防大島町で行方不明になっていた2歳の男の子を発見した捜索ボランティアの男性が15日午後、報道陣の取材に応じた。

発見したのは、大分県の尾畠春夫さん(78)。「学歴もない何もない人間だが、65歳で鮮魚店を辞めて、残りの人生を社会にお返しさせてもらおうと思ってきた」と、全国各地で車中泊しながら、ボランティア活動を行ってきたという。

今回も広島県でのボランティアを終え、一時帰宅していたが、報道を 見て昨日午後に現地入りし、捜索に当たっていた。「大分の佐伯で2歳の女の子を探した経験から、下るということはないと思っていた。不思議なもんで、子ど もっていうのは、上に上がるのが好きみたい」と話し、今朝は家族から行方不明になった場所を聞いて、「絶対この上にいるなと確信した」という。

そして尾畠さんが理稀ちゃんの名前を叫びながら、曽祖父の家の北側にある山を700メートルほど登っていたとき、「おいちゃん、ここ!」という返事が聞こえ、沢の苔むした岩の上に座っている理稀ちゃんを見つけたという。

「一瞬、心臓が止まりそうな感じがした。近づいて、”頑張ったね”と言って、飴の袋を取り出したら、袋ごと取って手を突っ込んで開けようとした。自分では破れなかったから、開けて渡してあげたら口に入れて、途端にガリガリと噛んだ。この声の出し方、飴玉を袋ごと取って口に入れる様子を見て、これは大丈夫だなと思った」。

家族に対し「私が抱きしめて直にお渡しします」と約束していたという尾畠さん。「口約束も契約。警察が”渡してください”と来たけど、”イヤです”と言った。言うたことは守る。なんぼ警察が来ようが、大臣が来ようが関係ない。理稀ちゃんの顔を見せたときは、お母さんはもう声が出なかったな。あの嬉しそうな顔は、一生焼き付いて離れんだろうな」と振り返り、「人の命って重いから、何かお手伝いさせてもらえいたいなと思って参加した。尊い命が助かってよかった。”おいちゃん、ここ”と言った時は嬉しかった」と涙を浮かべていた。

記者に座右の銘を尋ねられた尾畠さんは「朝は必ず来るよ」と答え、理稀ちゃんには「人の痛み、悲しみのわかる人間になってくれたら」と話していた。

理稀くんの発見は日本中に人間の生きるということの凄さを伝えた。沢で発見されたということで自然の水が理稀くんの生命を救ったもうひとつの要因だと思う。そして今日は、かなり大きなものを尾畠さんから教わった。「誰かの生命のために働く施しはいらない」しびれる、これは武士道だ。ありがとうございました。(日記編)

 

ファッションと民族闘争

世界の諸民族にはそれぞれ受け継がれた伝統文化がある。民族のアイデンティティを守るものとしてタトゥーや神のシンボル・服装や宗教・音楽などもその中に入るだろう。このような多くの象徴は自分の民族の優位性や強さを表し自分達を守るための意味もあるのだろう。

最近では、シンボルに描かれた形や動物や色による分類によって民族の違いとし宗教的な正当性を主張する人たちも出てきた。このような主張はある視点を持った結果全てをそのフィルターで見ているだけで善悪といった二元論の展開も多い。

人々の意識や記憶にある様々なデザインや形や色などが象徴となって各民族の服装やマークなどになってくる。なぜそのデザインを採用したのかということがその人のルーツと多少は関係している場合もあるだろう。人の記憶には生まれてからのものとDNAのなかにも祖先の記憶が残っている可能性もあるからだ。魂レベルの記憶を呼び覚ますために人々は歴史を学びデザインや服装にこだわっているのかもしれない。

制服や強制的に着用された服装でない限りそれぞれが身につけるファションやアクセサリーは結構重要だ。ジーンズの選び方や服装の色合いひとつでもそのひとの格調やアッピールがわかるものだからだ。なので服装が魂の表現でもある以上例えば行動派の民族衣装になったジーパンひとつでもなめらんない様着こなしにはこだわるべきだと思う。

この世のカラクリ

最近では、陰謀論として様々なこの世の仕組みが暴かれる世の中になった。でも大半はどっかのWebや有名な陰謀論者のYouTube動画などでどっかで聞いたような話が錯綜しているようだ。追求している側も途中で取り込まれたりウソを吹き込まれて焦点がぼやけている場合も多い。それでも多くの人が断片的に「この世は誰かに仕組まれている」という事実を結構リアルに感じはじめている。

いくら最新のニュースを見ても新聞を読んでも背後関係は一切わからないし一般庶民の生活レベルはなかなか上がることはない。結局流されている情報が今の社会を継続させごく一部の人間が私腹を肥やし続けるために作られたものだからだ。

かつてこのような理不尽な世の中で強くシブトク生きる方法を教えてくれたのは唯一ロックミュージックくらいだった。ロックミュージックは形にはめようとする社会で自由に生きる術を隠語を使ったり反抗的な態度を使って注意深い奴にだけに伝えてきたんだ。結局自由になるためには自分の価値観を替え自分で人生の舵を切って生きる方法を開拓し発明しその手に掴むしかないんだ。

自分の腑に落ちるメッセージこそが真実で自分の実生活で実感できたときにはじめて理解ができるんだと思う。頭だけでわかった内部情報で世界がわかるようになるなんてことはない。実体感したいなら傷ついても詰め込まれたイカレタ情報を全部捨て去りニュートラル&シンプルになってもう一度この世を見る必要がある。でもあんまりシリアスになるなよ。多かれ少なかれ誰でもエゴイストな一面くらい持ち合わせているものだからな。

 

Re:Inner Voice 2018

「内なる声」を出すのには結構勇気がいる。まして大人になって自分の内側に見えてくる世界を自由に表現するには高い志でもないとなかなか出来ないものだ。

映像や音声・SNSやブログなどがあってこんなに自由に表現出来る時代になっていても情報発信するリスクを考えて二の足を踏んでいる人も案外多いのかもしれない。

ココ最近自分の見ている世界を発信する方法をショッチュウ考えていた。一番発信しやすい方法はやっぱ文章かなと思いこのブログを再開することにした。

用は伝えたい内容を知りたい人だけに伝えられればいいと思っているところだ。

複雑に見える世界でも必死に難しくしているのは一部の人間で実は難しいことは何もないのがこの世なんだ。真実の断片から中心を見て多くの人と「まやかし」を見抜く力をシェア出来たら嬉しく思う。